パルクールコラム:「効率が良い」って本当はどういうこと?
今どき当たり前ですが……パルクールには色々な種類の動き(スタイル)があります。
宙返りメインの人もいれば、脚力勝負の人(俗にいう脚マン)もいますし、フローのとても丁寧な人、一発一発の難易度を求める人、これってパルクール?と思わず首を傾げてしまう様な(もちろん、パルクールにルールはありません!)マニアックでコアな取り組み方をしている人まで、千差万別です。
今回は、その中でも「移動術(最近の人は『基礎』って言い方をしますね)」のジャンルにフォーカスして、移動術の肝である「効率の良い移動」とは何か?ということについて考えてみたいと思います。
また、スタイルの種類を問わず
- 上達が実感できず悩んでいる人
- すぐ疲れてしまう人
- 怪我をしやすい人
こんな人は、是非ともこの記事を読んでみて下さい!
何か、ヒントや解決の糸口が見つかると思います!
「効率」という言葉の定義
まずは「効率」という言葉の定義から見てみましょう。
「効率ー①機械などの、仕事量と消費されたエネルギーとの比率。
②使った労力に対する、得られた成果の割合。」-出典:デジタル大辞泉
「大辞泉」に準拠して話を進めていきます。
①の仕事量と②の得られた成果、①の消費されたエネルギーと②の使った労力はそれぞれ同じ項目を指すものだと思います。
これらを移動術に当てはめると……エネルギー・労力というのは説明するまでもないと思います。
仕事量・得られた成果というのは、「一定時間内に移動した距離」ないし「ある地点からある地点へ移動するのに要した時間」だと言えそうです。
上記の項目を整理すると、「効率が良い移動」というのは「より少ないエネルギーで、ある一定の時間内により遠くに移動すること、ないしある一定の距離をより短い時間で移動すること」と言えそうです。
一応はじめから細かく順序だてて説明してます。
が、ここまではわざわざ言及する必要もないくらい、ごく当たり前のことしか書いてません。
「効率」という概念がどういうものなのか、我々は辞典を引くまでもなく直証的にそれを理解します。
実際的な問題としては、「より少ないエネルギーで、ある一定の時間内により遠くに移動する」「より少ないエネルギーで、ある一定の距離をより短い時間で移動する」ためには何が必要になるのか、ということです。
効率3大ポイント
僕はこの「より少ないエネルギーで……=効率の良い移動」を実現するための条件として、3つの項目を考えています。
すなわち、
- より速く
- より安全に
- より少ない力で
この3つです。
そして、この3つの項目の値の積が最大になる動きが、その状況において最も「効率が良い」動きである、とこういう風に考えています。
1つ目の「より速く」というのは、移動の速度・スピードのことです。
大会でのスピードランやタイムアタックが国内にもじわじわ浸透してきていますが、こういった種目では速さが命です。
実際に動きのスピードに卓越した人を見ると、今までに書いてきたような事についてわざわざ考えるまでもなく、「体の使い方が上手いなぁ、効率の良い動き方だなぁ」と感じるはずです。
これについては割と簡単にイメージできると思います。
問題は、2つ目の「より安全に」と、3つ目の「より少ない力で」です。
この2つが「効率」を考える上でとてつもなく重要になってくるのですが、ここまでしっかり意識してトレーニングしている人は、なかなか少ないです。
2つ目の「より安全に」というのは、移動を阻害するあらゆる種類のリスクを冒さない、又は未然に防ぐことです。
速さを求めるあまり、強度の分からないレールに咄嗟に飛び乗って、そのレールが折れてしまった。
固定されていると思っていたものが外れてしまった。
慌てて変な体制で着地をしてしまい、足を傷めた。
急いで車道を横切ろうとしたら、停車していた車の陰から別の車が飛び出してきた。
このように、急いでいたはずが結果的に移動を一時中断せざるを得ないような状況に陥ってしまうことは、常に起こり得ます。
自分にとって、何がリスクで何がリスクではないのか、どこかまでが安心安全でどこからが不安なのか、その見極めを適切に行うことが「より安全に」です。
3つ目の「より少ない力で」は、最初に設定した定義の「より少ないエネルギーで……」と同じことです。
これも効率を考える上で外せない要素です。
そもそも「効率」という言葉は労力と成果との比率を指す言葉ですから、この項目が入っているのも当たり前の道理です。
クライムアップの練習で、筋骨隆々の男性がまともに体を持ち上げられない横で、すらっとした女性がすんなりコツを掴んで登っていくのとか、練習会ではたまに見かける光景ですね。
これは偏に、動きを成立させるために必要なエネルギーの量に大きな差が生じているということです。
どうしてそんな差が生じているのかというと、体の使い方、技術的な部分に差があるからです。
考えなしにやっていても、テクニック的な部分は上達しませんよね。
なかなか動きが習得できず伸び悩んでいる人、すぐに怪我をしてしまう人、周りよりも早く疲れてしまう人は、パワーひとつで何とかしようとしているケースが非常に多いように感じます。
「どうすればより少ない力で出来るのか」について考える習慣を持たない人は、往々にして「力み過ぎ」がセットで癖付いています。
不必要に力み過ぎているが故に、適切な体の動かし方を理解することが出来なかったり、練習ですぐへばってしまったり、関節や靱帯、腱に度を越えた負荷をかけて大怪我を招くのだと思います。
また、「より少ない力で」を無視していると、本当に必要なタイミングで適切な「速さ」「安全性」を発揮するためのエネルギーを温存しておくことができないというのが、この項目のポイントだと思います。
例えば何百メートルもの長い距離を移動しなければいけない時、面倒だからといってビッグジャンプを連発したり、極端に腕力を消耗する様なルートは選ばないと思います。
その場しのぎでペースを上げて、後半にスタミナが切れていたら意味がないというのは、誰でもわかると思います(余談ですが、アシガルのマーク・ブッシュというベジタリアンで体重40kg台のヤツが、超ガリガリなのに死ぬほど上手い。体の使い方だけでやってるタイプの人なので、勉強になります)。
また、恐怖を感じる状態で無理に動こうとしても、体が強張って適切な動作が出来なかったり、必要以上にエネルギーだけを消耗するなんてことにも繋がります。
そうなると、今度は「より速く」だけでなく「より少ない力で」をも妨げることになってきます。
これら3つの項目は相互に影響し合うものであり、どれか一つに突出していれば良いという性質のものではありません。
後述しますが、どれにもバランスよく気を配らなければいけません。
図で見てみよう
前述したように、「より速く」「より安全に」「より少ない力で」の3つの項目が、「効率の良い移動」のための条件です。
そして、これらをまんべんなく高めていく、正確に言うと「この3つの項目の値の積が最大になる」ようにしなくちゃいけないんですが……。
「実際にどれくらい効率が良いのか」を数字で表すための簡単なモデルを考えました。↓
このチャートには、同じ2地点間を2つの方法で移動したときのそれぞれの「速さ(スピード)」「安全性(安全)」「エネルギー(省エネ)」の割合が示されています。
それぞれの値の最低が1、最高が5です。
AさんとBさんの二人を例として登場させていますが、Aさんの採ったルートとそれに伴う動きは、スピード重視ですね。
スピードは5で満点ですが、安全と省エネは最低点の1です。
仮にこのセッティングをある程度の高所から下方向へ降りるコースだとすると、おおかた一番上からひょいと飛び降りたというニュアンスです。
一方Bさんは、3つの項目すべてが比較的低い値ですが、全体のバランスは良く、どれも2ずつです。
この場合、手摺や些細な取っ掛かり、凹み、わずかな足場を利用して、少しずつ高さを下げながら降りてきたというニュアンスです。
このチャートで大事なのは、「3つの項目の値の積を求める」ということです。
積が大きければ大きいほど、その動きは効率が良いということになります。
実際に計算してみましょう。
Aさんの採った動きは「スピード→5」「安全→1」「省エネ→1」なので、5×1×1=5です。
一方、Bさんの採った動きは「スピード→2」「安全→2」「省エネ→2」なので、2×2×2=8です。
同じコースを攻略する時、Aさんの採った動きの効率性は5、Bさんの採った動きの効率性は8です。
つまり、一番上から一息に飛び降りるよりも、安全面と労力に配慮しながら段階的に高さを下げた方が効率が良いということが、これで目に見える形でわかるようになりました。
僕は普段からこの考え方に基づいて、あるルートを攻略するためにどういう動きの組み合わせが最適なのかということについて、考えるように気を付けています。
わざわざ計算なんかはしないですが笑、考え方のイメージとしてはこういう感じです。
今のところの課題としては、この3つの項目の値を客観的に決める方法がないことです。
どうなったらで1で、何をすれば5なのか?
「スピード」ならきちんと時間を計って決められるけど、「安全」と「省エネ」を正確な数字に置き換えるのは結構めんどくさそうです……笑
Slowkour
実際に「効率の良い移動とは何か」ということについて考える契機になった動画をいくつか紹介しておきます。
ポルトガルのLuis Alkmimがインスタに投稿している動画で、#slowkourというハッシュタグが付いています。
本人的にはふざけて撮ったというか、あまりシリアスなものではないと思うんですが、僕はこれを見た時に「あ、そっか。これでいいのか」と目から鱗でした。
最初にレールからウェブを入れたりしているのは別ですが、移動術を緊急事態に使用するのでなく、日常生活の水準に落として考えた時、こういう動き方は一つの正解だと思います。
一見無駄だと思われがちな回転動作を上手く活用しているところも、面白いですね。
移動術のお手本と言えば、やはりフィル・ドイルでしょう。
かなり古参のプレイヤーなので動きの癖とかは少しづつ変わってきていますが、やはり今でも彼の動きには目を見張るものがあります。
最近のもので言うと、このディセントはびっくりしました。↓
フィルの凄いところは、難しいことを難しく見せないという点です。
効率が良すぎて、頑張っている感じが全然しないんですね。
このディセントも、見ていて全く危なげがないし、シャカリキになっているわけでもなく、それでいて物凄いスピードです。
前述の3つの項目すべてでハイスコアを出している(と思います。笑)教科書の様な動きです。
フィルは移動術なら、ほとんどどんな動きでもこういうお手本のようなものが何かしらの動画に映っています。
YouTubeで昔の動画をディグってみるといいかも知れません。
パルクール、リテラリー。
「移動術」の観点から動きを考える時、僕が「SpeedAirMan」以降で非常に感銘を受けたのが、2010年に発表された「Parkour, literally.」というフランスの動画です。
今ではこの動画を知らない人ばかりだと思うんですが、これがリリースされた時の衝撃・反響は国内外問わず凄まじいものがありました。
それまでは、移動術一本の動画というのはかなり珍しく、有名どころの動画にはほぼ全てに宙返り等の「非移動術要素」が含まれているのが当たり前でした(より正確に言うなら、動きという表面的な部分ではなく、プレイヤーのアティチュードの問題だと思います)。
「パルクール=効率を旨とする移動法」、「フリーランニング=パフォーマンス」という意識の強かった時代でもあったので、世の中のパルクール動画を無理やりこの2つのどちらかに分類するなら「フリーランニング」の動画が大半で、純粋な「パルクール」のみが収められている動画はあまり見かけませんでした(繰り返しますが、アティチュードの問題です。「カッコいいことやってカッコいいビデオ作ろうぜ」以上の目的意識を持ったビデオが殆どなかった)。
また、テクニック的な部分だけを抽出して見てみても、当時の他の有名なプレイヤーたちと比べても水準の違うものがありました。
一つひとつの動きがとても丁寧で、粗が少なく、淡々としているんですね。
この当時でこれだけ落ち着いて一つずつ対処できているのは、今の水準で考えるとあんまりわからないと思いますが、かなり凄いことです。
僕はこの動画を観た時に初めて「あぁ、この人は上手いな」と、自分の目標になる様な動きに出会えたと感じた事は、今でも鮮明に覚えています。
パルクール史的にも、まさしくエポックメイキングと呼ぶに相応しいビデオだと思います。
前述の「3項目」に照らし合わせても、ビッグジャンプなど派手な動きを入れていない分、全体的にペースが一定で乱れが少なく、「速さ」「安全」「省エネ」のどのポイントから見ても優れたアプローチだと思います。
緩急が少なく、動きの大小に波がないことが、3つ全部を兼ね具えるために重要なのだと思います。
まとめ
以上、移動術において「効率が良い」とはどういうことか、について書いてみました。
整理すると、「効率が良い移動」=「より少ないエネルギーで、ある一定の時間内により遠くに移動すること、ある一定の距離をより短い時間で移動すること」であり、これを実現するための3項目が「より速く」「より安全に」「より少ない力で」です。
そして、この3つの項目の値の積が最大になる動きが、そのルートにおいて最も効率の良い動きの組み合わせである、ということになります。
課題としては、「より安全に」「より少ない力で」の値を客観的に測る術がないことです。
課題について妙案お持ちの方いらっしゃいましたら、お気軽にご一報ください!笑
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