パルクール10年選手が考える、パルクールと筋トレのこと【コラム】

 この記事は、2007年からパルクールをやってる筆者が「パルクールと筋トレの関係」について、実際の経験談をもとに、僭越ながらご助言賜らせていただこうというちょっとしたコラムです。

 2019年の第1回パルクール日本選手権(https://www.youtube.com/watch?v=hW3gq9En2vU)とニンジャゲームズ(https://ninjagames-jpn.com/about/)のスピードランでボロ負けしたのがムカつきすぎて、同年12月からジムに通ってパワー増強に取組み始めました。
 ウェイトトレーニングで筋肉をつけて、他の移動系のプレイヤーに水をあけてやろうという魂胆です(単純なパワーを底上げして、扱うことができる距離を伸ばしても、そうやって手に入る強さはパルクール的ではない浅薄でナンセンスなものではないか?という疑問は大いにありますが、それはまぁこの際おいておきましょう)。
 
 2019年12月のスタート時点で体重は64kgだったので、とりあえず70kgを目指すかという感じでした。
結果としては、2021年2月に70kgに到達、そこからは65kg~69kgあたりをウロウロして、2022年1月に実験終了という形になりました。

 この記事では、「筋肉が増えて体重が重くなると動きにどんな影響があるか」を、実際に自分で経験した内容をもとにレポートしていきます。
 まぁ、レポートとか大層なことを書いていますが、コラムカテゴリ恒例の、大いなる主観に基づいた与太話です。
 あくまでも「僕はこうでした」という個人的な記録ですので、こういう人もいるんだなーくらいの眉唾スタンスで読んでもらえればと思います。

増量を決めた背景

パルクール創始者のひとり、セバスチャン・フォーカンの鎧のような筋肉。

 そもそも、なぜ増量を思い立ったのか?
 スピードランで惨敗したのが悔しくて、というようなことを冒頭で書きましたが、増量は何年も前から課題として考えていました。
 僕はパルクールのレベルをフィジカル・メンタル・テクニックの3つの総合で考えていますが、上手い人たちと自分とで決定的に差があるのはフィジカルの部分だなと思っていました。
 特に、海外のプレイヤーのフィジカルとかとんでもないです。
ムキムキだとか身長が高いとかそういう次元じゃなく、根本的に骨の太さや骨格から違います。
また、そこまではいかないにしても、国内でトップクラスの選手は体がしっかり鍛えられている人が多いです。
 そういう人たちの動きを間近で見て自分と比べていると、「パルクールってもしかしてフィジカルが強いやつが勝ちのゲームなんじゃないか?」みたいな気持ちになってきます。

まぁ、そうやって徒(いたずら)に馬力だけアップさせて限界値を伸ばしていくっていう行為がパルクール的かと言われると、とても首肯できるものではありませんが、殊「パルクール競技」で勝つことを目的に据えるなら、それはとても大事なことです。
ともすればパルクール的でないナンセンスな方向性かもしれませんが、そういう遠回りも、動きに深みを与えてくれる肥やしになることを期待しています。

 話が脱線しましたが、要は「負けが込んでてムカつくし普通に最強になりてえな」という理由で増量企画をスタートさせました。
 スタート時の体重は64~65kg、身長は172cmです。
 目標を70kgにしたのは、「パルクール競技を前提にすると、体重は自分の身長の下2ケタくらいがちょうどいいんじゃないか説」を試すためです。
 企画スタート時の体格なんですが、自分は肩幅ガッチリで背中と腕が強く、胴体に厚みがなく腹筋と脚が弱いです。
 周りの上級者たちと比べても、強い部分と弱い部分の差はけっこう感じてました。
 というわけで、今回の増量企画でメインターゲットにするのはです。
 脚が本当に弱い。
 僕はスタイル的には移動系なのでランプレぶっ飛ばしたりするのが好きなんですが、今まではテクニック的な部分に頼ってなんとかしていた節があります。
 なので、純粋な脚の筋力は本当にぜんぜん自信ないです(高校のとき陸上部だったんですが、スクワットのマックス重量で女子に負けてました)。
 スピードランでも乳酸がヤバくて、タイム云々以前に完走するので精一杯だったので、やはり脚の筋力向上がメインになってくるかなという感じです。

どうやってデカくなるか

 体重を増やすと言っても、食っちゃ寝の脂肪太りを目指すわけではありません。
 5kg分の筋肉をつけようということです。
 で、筋肉を5kgも増やすとなると、どこで何をやるのが手っ取り早いのか?
 普通にジムに行ってウェイトトレーニング・マシントレーニングをすることにしました。
 メインで鍛えたい部位が脚だったので、脚は自重だけじゃ難しいよなというのがジム通いを決めた大きな理由です。
 海外の移動系のトッププレイヤーが軒並みウェイトトレーニングを取り入れているのも前から気になってましたし。

君もウェイトトレーニングで最強になろう

デッドリフトで200kgを挙げるティム・チャンピオン。

 ジムで一般的なマシントレーニングとウェイトトレーニングの種目を週2〜4で行うルーティンを2019年12月~2022年1月にかけて行いました。
 内容的には、パルクールに特化した工夫とかは特にしてなくて、ぜんぜん普通の筋トレです。
 トレーニング内容ですが、主にレッグエクステンションやバーベルスクワット、ベンチプレスなどを頑張りました。
 どの種目も、だいたい10回3セットで限界が来る程度の重量に設定してました(自重系の筋トレは除く)。
 最初のひと月は酸欠と貧血がひどくて「本当に効果あるのかな?」と半信半疑気味でしたが、2ヶ月,3ヶ月と続けるうちに服が窮屈になってきました。
 筋トレについては調べればいくらでも情報が出てくるので詳細は割愛しますが、上記の3つ以外にもマシントレーニングやダンベル系でメジャーなものを中心に行ってます。
 トレーニングの参考にしたのはなかやまきんに君のYouTubeチャンネル(https://www.youtube.com/channel/UCOUu8YlbaPz0W2TyFTZHvjA)、プロのボディビル選手のジュラシック木澤さんのYouTubeチャンネル(https://www.youtube.com/channel/UCCZuWE7lIoqX8_HwwNfcErA)です。
 どちらも無料とは思えないレベルのコンテンツが盛りだくさんですので、トレーニングに興味がある方は是非ご参考に。

パルクールで特に役に立っている筋トレ種目

 筋トレを色々やりましたと書きましたが、具体的にどの種目がパルクールに役に立ったのかが知りたいところですよね。
 そのあたりの肝心な部分に触れていこうと思います。

懸垂

 懸垂は普通にマストです。
 懸垂で鍛えられる部位は、上腕二頭筋と広背筋です。移動系の上級プレイヤーでもクライムもったいないな〜という方が多いですが、やっぱり腕のパワーはある程度必要です。
 上腕二頭筋は、クライムやキャットだけでなくプライオの腕振りや、フリップの抱え込みの際にも必要になる筋肉です。
 前腕(握力、指先の力)と上腕二頭筋はもちろんですが、慣れてくると、広背筋という背中の筋肉も一緒に鍛えられます。
 背中の筋肉はプレシの着地で決定的に重要です。
 懸垂で、「キャット、クライムなどの腕を使う壁系」「プレシジョンの着地」などが強くなりました。

腹筋系全般

 腹筋はどんなスタイルでも絶対必要だと思います。フリップ系のスタイルの方は抱え込みや捻りをタイトにするために必要だと思いますし、移動系のスタイルの方はジャンプの発射の際の方向調節や空中姿勢の保持に必要です。
「腹筋系全般」という漠然とした書き方をしましたが、腹筋に負荷が入れば、速筋的な種目でも遅筋的な種目でも何でもいいと思います。
「瞬発力をつけるためには速筋的な種目を選ぶべきじゃないの?」と思われるかもしれませんが、元400mハードルオリンピック選手の為末大さんによると、人間の体の構造上、腹筋というのは同じ姿勢(立位)を長時間保持するための遅筋の働きが大きいらしく、その線でいくと遅筋的なアプローチでもいいんじゃないかという風に考えていたらしいです。
 実際、クランチみたいな動きのある種目でも、プランクみたいな動きのない種目でも、腹筋はちゃんと強くなりますし、性能に違いは感じられませんでした。
 腹筋で、「スタンやプライオなど、両足ジャンプの飛距離」「ヴォルトやフリップの空中での体のコントロール」が強くなりました。

カーフレイズ

 カーフレイズはふくらはぎを鍛える種目です(どういう種目かご存じない方はご自身で調べてみてください)。
 昔、storrorのカラム・パウエルが「カーフレイズで足首が入る(プレシの着地で足首を傷めること)のを予防できる」と言ってましたが、本当かなぁと思って試してみました。
 結論としては、確かに足首が入る確率はグッと下がったかなと思います(筋トレ企画開始前は、軽いものも含めると週一ペースで足首入ってましたが、カーフレイズを始めてからの1年間は数えるくらいしか入ってません)。
 カーフレイズで、足首のケガが減りました。

バーベルスクワット

 バーベルスクワットは脚のトレーニングの〆に行っていました。
 最後に行う理由としては、体が元気だと重いものを担いでいても無茶できてしまうので、ケガの確率が上がるからです。からだ全体を使って重いものを担ぐ形になるので、背中とか腰を傷める危険性がありますからね。
 スクワットは、プレシジョンの正しい着地を理解するためにもってこいの種目です。スクワットが上手にできる人は、プレシの着地も体に優しくラクに止まれると思います。
 重さは大体40kg~60kgで、足のバネがフレッシュなときはジャンプスクワットに変えたりもしてました。ジャンプスクワットだとふくらはぎや足首も稼働させられるので、より実際の動きに近い形でトレーニングできます。
 調子の波もありますが、最終的にはスタンプレシの飛距離が0.5歩くらい伸びました。筋トレ企画スタート前~スタート後半年くらいの頃に両足をギリ当てられるくらいだったスタンが、ノーアップでポンと乗れた時もありました。
 バーベルスクワットで、脚力が全般的に向上したと感じます。

ベンチプレス

 ベンチプレスは、上腕三頭筋と大胸筋のトレーニングとして行っていました。
 物を押す力が強くなります。
 90kgが挙がりそうだったのでせっかくなら100kg目指そうかなとも思いましたが、172cm65kg~70kgの人間のパルクールに、単に物を押し返すだけの筋肉はここまで必要ではないなと思って、途中で止めちゃいました。
 ベンチプレスで、上腕三頭筋と大胸筋が強化されたので、モンプレの飛距離が伸びた感触がありました。

トライセップスダウン

 マシンが必要になりますが、これはクライムアップのトレーニングとして超オススメです。
 この種目は、普通は上半身を前屈みに倒して上腕三頭筋のみに負荷を集中させて行いますが、あえて直立の姿勢で広背筋や腹筋も一緒に使って行うようにしていました。複数部位に同時に負荷をかけると動作がクライムアップの動きにより近づくので、クライムアップのトレーニングとして行っていました。
 トライセップスダウンで、メチャクチャ足が滑ったりエッジがクソ掴みづらいなどの理由でシビアなクライムアップでも、失敗することがほとんどなくなりました。

他にも自重、マシン、ウェイト問わず色々な種目の筋トレをやりましたが、特に成果に直結したと感じたのはこの辺りですかね。

その他の種目

 上記の種目以外にも色々とトレーニングを試してみましたが、他の種目はパルクールの動きに直結させるためというより、筋肉が弱い・少ない部分の増強目的で行っていました。

具体的には、
上腕二頭筋→ハンマーカール、シーテッドロー
上腕三頭筋→ダンベルフレンチプレス
大胸筋→ペクトラルフライ
大腿四頭筋→レッグエクステンション
大腿二頭筋→レッグカール


とかです(聞き馴染みのない外来語かも知れませんが、興味ある方は調べてみてください笑)
いずれも一ヶ所の部位を狙い撃ちで強く大きくできるので、全身のバランスに偏りを無くすために行っていました。
特定の部位にピンポイントで刺激を入れる種目は、その部位が弱点だと感じている場合はバランス修正・補強として有効だと思いますが、普段のトレーニングルーティンにガッツリ組み込んでしまうと体のバランスが崩れてケガをしやすくなってしまうかも知れません。自分の体の強い所、弱い所を見極めて、取捨選択の上で練習に盛り込んでいけるといいですね。

持って生まれたバランスを崩さないこと

 パルクールを楽しく、長く続けていくために大事だと思うことの1つに、「体の一部分だけを過剰に強くしないこと」があります。
 例えば、
「上半身の筋力はそんなに自信ないけど、ジャンプ力だけはすごいです」
「腹筋は強いけど、背筋はぜんぜん鍛えてません」
みたいな、体の各部位の強さに大きなバラつきがある人は要注意です。
 また、筋力同士の関係だけでなく、筋力と、骨や腱との関係もあります。
 元々の体型は痩せ型で骨も細い人が、急激に筋肉をつけて扱えるパワーを増やした結果、新たに獲得したそのパワーに元々の細い骨がついて来れずにケガをする、という例もたくさん見てきました(僕もそうでした)。
 身体の中で強い部分と弱い部分との差が大きいと、本来であれば自分の体には分不相応な動きにもチャレンジできてしまい、結果として、自覚なしに無茶なことをしてしまっているというのはよくあるパターンです。

 ウェイトトレーニングで筋力増強を図って体重を増やしましたが、闇雲に色んなトレーニングを食い散らかすのではなく、自分の体の弱い部分は特に集中的に鍛えて強い部分とのバランスを取る、という事を常に意識していました。
 筋肉は筋トレでいくらでも大きく強くできますが、持って生まれた骨格は、トレーニングで変えることはできません。筋トレで新たに獲得したパワーが、今まで使ってきた腱や骨の強さと足並みが揃うまで、小さい負荷の動きで時間をかけて均(なら)していくことが大事だなと、改めて感じました。

本当に重要なのは食事だった

 肉体改造にあたって、トレーニングと同じくらい気を遣わなければいけないことがあります。
 食事です。
 日々の食生活の見直しは、トレーニングの効果を高めるために絶対必要です。
 自分が特に気をつけていたことは2つあります。

  • 毎日、タンパク質を可能な限り多く摂取する
  • 空腹の時間を作らない

 この辺の理屈の詳しい話は、前述のなかやまきんに君のYouTubeチャンネルとかで分かりやすい解説があると思います。

 もともと自分は痩せやすい体質で、胃腸も弱く食も細いので、つねに貧血気味でした。食生活に気を遣い始めてからは貧血も改善され、グングン筋肉がついてます。
 食事についてはかなり話が長くなるので別で記事を書こうと思いますが、とにかく、お菓子やジャンクフードばかりのいい加減な食生活では筋肉もつかないし、体も弱くなります。
 筋肉を増やすという行為は、維持に必要な物を増やすということなので、生き物の活動サイクルの中では不必要でムダなことです。ムダなことをするためには、エネルギー源や栄養の備蓄にも余剰がなければいけません。

ウェイトトレーニングをやってよかった点、困った点

 「筋トレで体重が増えると、パルクールの動きにどんな影響があるの?」というメインテーマについて、結局なにがどうだったのかという、検証結果をまとめておきます。

よかった点

  • 少ない反動で行う動きの飛距離が上がる
  • スティック力(プレシの着地を止める力)が上がる
  • クライムアップが失敗しにくくなる
  • 動きに安定感、安心感が出る

困った点

  • 体が重くなりすぎて、日常生活で足腰が痛くなりやすくなった
  • すぐ息が上がるようになった
  • 筋力を消耗するペースが早くなり、練習できる時間が減った
  • 動きのスピードが遅くなった

 よかった点については、前述のとおりです。
 筋トレ増量企画の前と後で、扱えなかった距離や高さもクリアできるようになりました。
 また、体が重い分、ハードな動きも落ち着いて対処できる時間的余裕が増えたとも感じます。

 ですが、困った点もあります。
 体重が増えたことによって、とにかく疲れやすくなってしまいました
 日常生活で屈んだり物を拾ったりする動作、階段を上がる動作で膝の皿(膝蓋骨)がジンジン痛むし、簡単に息が上がるようになってしまいました。
 練習の際も、スタミナの上限値が下がったので、体感で言うと倍くらい早く筋力のピークが来てます。
 動きの飛距離が伸びたのは嬉しいですが、アテンプトのために毎回段差から下りたり上がったりするのが苦痛でしょうがない。笑
 あと、動きが全般的にトロくなったなと感じます。『よかった点』で「時間的余裕が増えた」と書きましたが、ネガティブな言い方をすると「スピードが落ちた」ということです。
 今までと同じ動きを行うために今までよりも大きいコストを支払わなければいけなくなってしまい、楽しさよりもストレスが勝つようになってしまったのが、この企画を終了させた一番の理由です。

 この企画を通して感じたことを語弊を怖れずに一言でまとめると、「出来なかったことが出来るようになるが、今まで出来ていたことのクオリティは下がる」というのが僕の総評です。

結局ウェイトトレーニングやった方がいいの?




「で、結局ウェイトトレーニングやった方がいいの?やらない方がいいの?」



 これは……「パルクールに目標があるか」によって変わると思います。
 たとえば、大会で真剣に優勝を狙っていて、フリースタイルで得点につながりやすい大技をたくさんゲットしたい、スピードランでタイムを縮めるためにとにかく脚力を伸ばしたい、という人は好きなだけ筋トレして、大会で勝つためのパルクールに特化するのが正解だと思います。
 実際、この企画をスタートさせたのも、
「スピードランで負けたのがムカつくから」
「スキルコンペで絶対負けたくないから」
という理由ですしね(ちなみに、スキルコンペは今まで「この競技は僕が優勝するべきだろ」と大マジで考えていましたが、2021年の後半くらいから考えが変わって、いまは前途有望な若手たちのための舞台にするべきだと考えています。スピードランは疲れるんで辞めました笑)。

 しかし、あたりまえですが、大会で勝つことがパルクールのすべてではありません。
 運動不足解消、子どもの習い事、趣味の一環など、自分の思うパルクールを自分のペースで続けられればそれでいいという人は沢山います。そういう人たちには、もちろん過剰なトレーニングは必要ないでしょう。やるとしても、前述の「自分の体の長所と短所のバランスを調整する」程度で十分だと思います。
 僕自身も、「このステータスをキープして大会で勝てるとしても、普段の練習が楽しくないんだったら意味ないな」と思って過剰なウェイトトレーニング&増量は止めにしました。
 また、自分がパルクールで表現したいものが既存のコンペティションルールの圏外にあるというタイプの人もたくさんいます。そういう人も、ウェイトトレーニングなんて必要としない場合は多いです。
何のためにパルクールをやっているのか、目指すべき目標があるのか、自分の方針や取り組み方と相談して、ウェイトトレーニングを取り入れるかどうか決めていきましょう。