パルクールコラム:Endijs Miscenko(エンディス・ミスチェンコ)を考える

2019年5月18日

ドイツのプロパルクールチーム”Ashigaru”のメンバーで、Endijs Miscenko(エンディス・ミスチェンコ)というプレイヤーがいます。
移動系の動きで怖いほど攻めまくるフィジカルモンスターです。
彼の動画をよく観てますが、かなり勉強すべきところがありそうな逸材です。
このエントリーでは、まず彼についての個別の考察を行い要旨をまとめて、我々にも役立つ形に一般化して提出しようと思います。
(こういうコラム系の記事はコンバージョンとか一般層へのウケとかを気にしてないので、書いててラクです。笑)

何者?

https://youtu.be/D69ElSviX6w?list=LLUBmcphTczzLQmg7hQwKedg

エンディスを知らないという人は、まず動画↑を見てみて下さい。……
エンディスは1996年生まれ、パルクールを始めたのは2010年からだそうです。
ドイツのチーム所属ですが、名前からも分かる通り、彼はドイツ出身ではありません。
ラトビア人です。
ラトビアは国民の4分の1くらいがロシア系らしいですが、多分エンディスはこの25%の方に所属していると思います。
まず顔立ちにモンゴロイドの面影が濃く表れてるし、昔一緒に練習したドイツのトレーサーも「エンディスはロシア人だよ」と言ってました。
住んでるのはドイツで出身はラトビアですが、血でいうとロシアなのでしょう。
韃靼人の強靭なフィジカルとドイツの質実剛健を旨とする精神性を合体させると、こういう怪物が出来上がるのか……と感服させられます。
身長は173cmだそうですが、体重は正確にはわかりません(少なく見積もっても70kg台ではあると思います)。

スタイルについてですが、類稀なパワーと着地の正確性で鳴らす移動タイプです。
フリップはあんまりやらないみたいですね。
今のスタイルとは打って変わって、2014年くらいまでは、l’1consolableとかが好きそうなトリッキーな動きをメインにやってたみたいです(実際彼もl’1consolableの動画↓に出てる)。

特筆すべきはやはりそのフィジカルでしょう。
ありえない高さからレールにドロッププレを敢行したり、50m走か?みたいな助走で20歩を狙ってきます。
こわいです。

特徴:下半身の柔軟性

https://www.instagram.com/p/BMq0VzWjais/

特筆すべき点として「フィジカル」と書きましたが……フィジカルとは、単純なパワーだけを指す概念ではありません。
彼の動きを見ていて分かるのは、膂力だけでなく、柔軟性にも卓越したものがあるということです。


エンディスの昔のインスタグラムの投稿に、ほぼ180°の左右開脚をしたり、前屈でつま先に頭を付けたりしている動画があります。
いずれも、下半身の柔軟性が並外れていないと出来ない芸当です。

では、この柔軟性はパルクールに直接的にはどう役立つのか?
ジャンプ系を攻めるにあたって、足首の柔軟性は関節や靭帯を守るための堡砦です。
足首に不安要素(捻挫癖があるとか筋力が弱いとか)を抱えていると、スティックを狙える許容範囲が必然的に狭くなり、細い足場での踏み込みも弱まります。
気持ちでは「攻めたい」「行けるはず」と思っていても、体は賢いので、関節や靭帯の具合と相談してその動きを「耐えられない」と判断してしまうんですね。
エンディスの場合、「足首が柔らかい」+「足関節(足首のことです)まわりの筋肉が強い」というアドバンテージのおかげで、とんでもない負荷のジャンプでも臆さず着地を取りにいけるんだと思います。
レールストライドやポーリオをビビらずに捉えられるのも同じ理屈です。
足首が強ければ強いほど、その動きを恐れる必要がなくなるわけですからね。
足首が強いというのは、筋力だけでなく柔軟性も優れているということです。

また、股関節の可動域が広ければその分衝撃吸収の際に筋肉をより大きく使うことができるので、着地が楽になります。
着地が楽であればあるほど、スティックが可能な幅も連動して広がります。

特徴:上半身の柔軟性

https://www.instagram.com/p/BY5lWxilFts/

柔軟性についてもう少し言及すると、エンディスは肩も柔らかいはずです。
スタンでぶっ飛ばす時の腕の振り方なんですが、彼は腕をほとんど真横からショートカットして一気に真上まで持ってきます。
これは、肩が柔らかくないと出来ない腕の振り方です。
大抵腕は真後ろに持ってきてから前に振ると思いますが、彼の場合は横からいきなり真上に持ってきてそのまま前に振ってますね。
これって、肩が柔らかい人からしたら「腕を真後ろに持ってくる労力をカットできる」ので、できる人にとってはかなり効率の良いやり方なんです。

上の動画↑の、ランプレの後のスタンの腕の振り方が特にわかりやすいです(サムネのやつです)。
その際、足首を返してつま先がかなり上まで上がってくることにも注目です。

僕が今まで見た中で特に分かりやすくこのやり方を使う人は、東京のサリーさんです。
彼も肩はめちゃくちゃ柔らかいです(昔、サリーさんがレールバランスをしながら、手を組み合わせた自分の腕をなわとびみたいにして体の周りを一周させる動画があった)。
このフォームを採用していることからも、上半身(少なくとも肩は)も柔らかいという事がわかります。

パワーについては言わずもがなだと思います。
脚力は言うに及ばず、着地の止まり方やプライオの浮かし方からいって、背中や腹筋も桁違いに強いはずです(まあ見たら分かるけど)。
昔のインスタグラムの投稿だと、開脚上水平を披露している動画もあります。

弱点

ここまで褒めちぎってきましたが、じゃあエンディスは全部パーフェクトで、コピーすべき存在なのかと言われると、そういうわけではありません。
彼にもウィークポイントはあります。
ちょこちょこ膝を痛めて休養してる時があるし、こないだも足首を盛大に破壊して歩くこともままならない状態になったらしいです。汗
動画を見ていると、エンディスの着地って「え?今の膝大丈夫?」みたいなのが割とあるんですが、案の定その時のダメージは回避しきれてないみたいです。
おそらく、ヤバい負荷がかかる着地の時に土踏まずで角を捉えて吸収に入ってしまっている割合が少し多いんだと思います。
スティックの際に土踏まずで角を捉えてしまうと足の甲と足首の関節を稼動させられず、ふくらはぎもアキレス腱も有効活用できないため、いきなり膝と太ももから吸収が始まってしまいます。
そのこと自体は誰でもたまにはあると思うんですが、彼の場合は一回のインパクトが強い分、その積み重ねが怪我に繋がりやすいんでしょう。
この辺は、フィジカルではなくテクニック的な問題だと思います。

足首の柔軟性について

「足首が柔らかいと良いんだよ」と前述しましたが、実際の所これには諸刃の剣的な側面があります。

例えば、100m走で日本人初の9秒台をマークした桐生祥秀は、足首がガチガチに硬いらしいです。
彼の場合、足首の硬さを逆手に取って、接地の際に地面から得られる反発をより大きくしているという事らしいです。
強い力を加えた時、柔らかいバネより硬いバネの方が反発が強いですからね。
これって逆に言うと、柔軟性が向上すれば怪我をしにくくなるとか巧緻性が上がるっていうメリットがある一方で、反発によって得られるエネルギーは少なくなってしまうってことです。
桐生選手の場合は、スプリントっていう競技の特性や彼自身の個人的な特性、持って生まれた持ち味を考慮した結果、足首の柔軟性はさして必要ないってことになったんだと思います。
当たり前ですが、競技内容によってどの部位にどんな能力や特性が求められるかというのは逐一変わってきます。
おまけにそこに個人の持ち味も加わってくるので、一概に「スプリンターは足首硬い方がいい」とか断定的な言い方をすることも難しいです(室伏広治は桐生選手の足首について、逆にもっと柔らかくした方がいいと言っていた)。

足首の硬い柔らかいの話ですが、じゃあ、パルクールの場合はどっちが良いんでしょうか?
僕の意見としては、ほぼほぼ「柔らかい方が良い」ということになるのかなと思います。
パルクールって、競技の形式に規定やルールがありませんよね?
有り体に言えば「何をやるのも自由」だし、そうでなくとも、一般的にパルクールの領域に含まれる動きはかなり多種多様です。
「どういうシチュエーションで何をやることになるかわからない」ことも併せて考えると、用意すべきは一点特化のスペシャリストではなく、あらゆる局面に柔軟に(言い得て妙である)対応できるゼネラリストではないでしょうか?

柔らかいことのデメリットとして「反発から得られるエネルギーが少なくなる」と書きましたが、これに関してはトレーニングでカバーできます。
柔らかいことのデメリットはトレーニングでカバーできますが、硬いことのデメリットはトレーニングではカバーできません。
足首が柔らかくなって反発が弱まっても筋トレで補えば済みますが、硬いせいで怪我のリスクが上がるのは防ぐ術がありません(あるとすれば、それは足首を柔らかくすること)。

フィジカルは大事だけど

エンディスから受ける所感としては、ずっとパルク―ルをやってきてテクニック的な部分がある程度頭打ちになってきた時、結局はフィジカル勝負になってくるんじゃないか?ということです。
海外の死ぬほど上手い連中と僕らとで何が違うのかなって考えた時、テクニック的な部分に関しては、意外と我々とそうさしたる違いは感じられないんですよね。
各国の上位ランクのプレイヤーについて、純粋にテクニックだけを抽出して見てみると、むしろ日本人の水準は比較的高い方だと思います(でもドイツとか北欧の人たちにはやっぱり負けます)。
じゃあ何が決定的に違うのかって、やっぱりフィジカルです。
海外トレーサーと練習するとき、よくガタイのデカさに圧倒されてました。
動きの強度にも自分の体重にも負けないだけのパワーがあります。
もし海外の人たちがなにか我々の持っていないテクニックを使っていたとしても、よくよく考えてみると結局それはフィジカルに担保されたものであることが多いです(普通にムーブメントの分化が醸成されてないから技術レベルが遅れてるだけっていう場合もあります、もちろん)。
「いいや、これはフィジカルじゃなくメンタルに担保されているんだ」と感じる場面もあるかもしれません。
でも、強いメンタルも掘り下げていけばフィジカルに裏打ちされたものです。
何もないところから自信が涌いてくるのなら、それは勇気があるのではなく恐怖センサーの故障です。
メンタルもフィジカルもテクニックも、全て相関関係にあります。
テクニック的・メンタル的な部分で海外の人たちにできて僕らにできないことがある場合、その根本的な原因は日本人のフィジカルの程度にあることが多いと感じます(あと普通に国民性・世界観の問題もあるんですが、それはこの記事の中で触れるにはあまりにも大きすぎるトピックなので置いておきます)。

誤解のないよう補足しますが……テクニック面が「ある程度頭打ちになってきた」レベルに到達するまで、コンスタントにトレーニングを続けている人でも最短で5〜6年くらいはかかると思います。
何でもかんでも「フィジカルが足りてないからできないんだ!」と早合点してはいけないし、パワーはテクニックを凌駕するという意味でも決してありません。
今まで周りで結構見てきた典型的な例なんですが、「あんまり練習してなくてスキルやテクニックは未熟だけど、筋力はあるからパワーですべてを解決してます」っていうタイプの人はだいたいどこかで大怪我して苦労してます。
筋肉の強さと、関節や骨、腱、靭帯の強さのバランスが釣り合っていなかったパターンです。
中途半端にパワーがあるせいで、どこまでが自分にとって分相応なラインなのかの見極めができず、怪我をするまで自分のステータスのアンバランスさに気づけなかったんですね。

というわけで、何かトレーニングやレベルアップに関して行き詰まっている人、特に始めたての人は「パワーで解決すればよくね?」と早合点しないで下さい。
外国人と日本人との決定的な差はフィジカルだ、みたいな論旨でいろいろ前述しましたが、フィジカル強化に活路を見出すのはステージとしては少なくとも中級者以上〜です。
動きの術理がよく分からないうちからパワーですべてを捩じ伏せていく癖がついてしまうと、後になればなるほど正しいカラダの使い方を学ぶことが難しくなってきます。
しかも、ケガのリスクも年々高まります。 稽古して身につけたテクニックっていう感覚的な部分は年齢に影響されませんが、カラダはどんなにハードに鍛えていても歳とともに衰えていきます。
ある程度ブレーキをかけることはできますが、老化の進行それ自体は不可避です。
40歳、50歳になった時に若い頃のツケが回ってきて日常生活に支障が……なんてことは全くパルクール的ではないし、「そんな取り組み方はパルクールじゃない」みたいな講釈を抜きにしても普通に誰だってイヤだと思います。

フィジカルは大事だけど、まず大前提としてテクニックありきです。
焦らずに一つひとつ積み重ねて、地盤を固めていきましょう。
フィジカルについても、パワーだけでなく柔軟性や、骨・腱・靱帯といった筋肉以外のパーツとのバランス調整も必要です。
海外の連中のインスタの投稿とかでよく見かけますが、技の練習以外にも、様々な角度からのコンディショニングもセットで行っていることが多いです。
エンディスをサンプルに据えて色々見てきましたが……彼の動きが完璧な理想形かと言われるとそうではないと思いますが、テクニック面がある程度のポイントまで伸びた時、いかに汎用性の高い優れたフィジカルを作れるかっていう土俵での勝負になってくるって点では非常に参考になります。